この記事では、本質的な問いとはなにか、実践する際の注意点について、要点を解説していきます
本質的な問い(Essential Questions)とは、「理解をもたらすカリキュラム設計」において、ウィギンズ氏とマクタイ氏が用いている用語です。
実は、英語では『本質的な問い』というタイトルで本が出されているくらい奥が深い概念で、日本語での情報だけで理解するのは難しいのが現状です。
この記事では、次のポイントに絞って解説していきます。
- 本質的な問いとは何か、なにを目指すか
- 本質的な問いをどうやってつくるか
- 本質的な問いをどう授業に取り入れるか
なお、本質的な問いを取り入れた授業を展開するなら、「逆向き設計」実践ガイドブック: 『理解をもたらすカリキュラム設計』を読む・活かす・共有する が参考になります。
日本でこの分野をリードしている京都大学の西岡加名恵先生らによる著書です。
では、本質的な問いについて見ていきましょう。
1. 本質的な問いで、目指すもの
本質的な問いが目指すもの、それは「理解」です。
⑴ 「理解」とは
ここでの「理解」は、ブルームの分類学や、学習指導要領でかつて使われていた「知識・理解」とは違います
ここで言う「理解」とは、知識の単純な暗記と再生とは違い、転移するような深い洞察です。
例えば、英語学習で時制について理解していれば、他の外国語を学んだ際にも、過去形は?完了形は?というように考えることができます。
あるいは、栄養について理解していれば、健康的な食生活を実践できるはずです。
このように、「理解」とは、ある場面に限らず、別の場面でも生かされるのが特徴です。
これには、次のようなメリットがあります。
学校での学習が、実社会で生かされる
「理解」に焦点を当てた指導をすることで、大人になったら学校で習ったことは使わない・役に立たない、という大問題の解決に近づきます。
次に、本質的な問いと「理解」の関係性について見ていきましょう。
⑵ 理解と本質的な問い
「理解」と本質的な問いは、表裏一体です
児童生徒を「理解」へと導くために、本質的な問いが使われます。
例えば、栄養の単元で、次のような「理解」を児童生徒に求めるとします。
理解: 健康に必要な食事は、年齢・活動レベル・体重・個々人の健康状態によって、一人ひとり異なる
この場合、次のような本質的な問いが考えられます。
本質的な問い: ある人にとって健康的な食事が、他の人にとって不健康でありうるのはどうしてか?
本質的な問いを聞いた児童生徒は、どうしてだろう?と疑問を持ち、探求を続ける過程で、各々の理解にたどり着きます。
このように、本質的な問いは、児童生徒を「理解」へと導くために使われます。
では、次に、本質的な問いのつくり方について見ていきます。
2. 本質的な問いをつくるには
⑴ 本質的な問いの特徴を理解する
まずは、特徴をつかみましょう
本質的な問いが「理解」と表裏一体であることは述べました。
ほかにも、良い本質的な問いには、次のような特徴があります。
- これまでの考えをゆさぶり、探求へと駆り立てる
- 単に「正しい」か「間違っている」かではなく、答えの正しさの擁護に焦点が当てられる
- 児童生徒自身によって繰り返し自問自答され、新たな問いを呼び起こす
本質的な問いには、唯一絶対の正解がなく、児童生徒を探求へと駆り立てます。
児童生徒は、探求中に問いを何度も自問自答することになります。
最終的に児童生徒は、自分自身の考えを説明したり、実践することになります。
⑵ 本質的な問いのサイズ感
本質的な問いには、次の2種類があります
- 包括的な本質的な問い(Overarching Essential Questions)
- トピックごとの本質的な問い(Topical Essential Questions)
包括的な本質的な問いとは、単元を横断し、科目全体について関連するような、次のような問いです。
包括的な本質的な問い:芸術作品に文化は、どのように反映されるのだろうか?
この包括的な問いは、美術や音楽といった芸術科目全体に及ぶことが想定されます。
次に、トピックごとの本質的な問いを見てみます。
トピックごとの本質的な問い:インカ帝国で儀式に用いられた仮面は、同帝国の文化について何を物語っているだろうか?
トピックごとの本質的な問いでは、探求の範囲が単元に縮小されます。
探求の範囲を見定めながら、本質的な問いの大きさを調節していきましょう。
⑶ 本質的な問いをつくる切り口
本質的な問いが作れないときは、次の視点から考えてみましょう
- 求める「理解」を明らかにする
- 包括的な問いから始める
- 言葉に着目する
◉ 求める「理解」を明らかにする
本質的な問いは「理解」とセットです。探求の結果、たどり着いて欲しい地点を明確にしてみましょう。
◉ 包括的な問いから始める
包括的な問いが作れれば、トピックごとの問いは作りやすくなります。
包括的な問いの範囲を狭めることで、単元の問いが作られた例です。
- 作家は、どのようにして読者の興味をあおり、惹きつけ続けるのだろうか?(包括的な問い – 国語)
- ミステリー作家は、どのようにして読者の興味をあおり、惹きつけ続けるのだろうか?(トピックごとの問い – ミステリーの単元)
- 身体的な構造は、生命体が環境で生き残る上で、どのように役立っているか?(包括的な問い – 理科)
- 昆虫の身体的な構造や行動は、生き残るのにどのように役立っているか?(トピックごとの問い – 昆虫の単元)
◉ 言葉に着目する
「理解」の表出には、説明、解釈、応用、視点、共感、自己認識の6つの側面があると言われているので、多角的に考えてみる方法もあります。
次のようなフレーズを使うと考えやすくなります。
- 何が…を引き起こしたのか?(何が9/11を引き起こしたか?)
- …が意味することはなにか?(9/11は、彼らが私たちを”憎んでいる”ということなのか?)
- 私たちは…をどのように生かせるか?(何が次なる9/11を防ぐか?)
- …について別の視点から見るとどうなるか?(9/11は”聖戦士”にとって何だったのか)
- もしあなたが…なら、どう感じるだろうか?(何が自爆テロリストを動機付けたのか)
- どのように私は…を理解したのか(私にとって9/11とは?)
⑷ 本質的な問いの具体例
ウィギンズとマクタイと書籍から、具体例をいくつか見てみます。私たち大人にとっても興味深いものばかりです。
・[理科] どの程度、DNDは運命なのか?
・[理科] 力が直接的に目に見えないとしたら、どのようにしてその存在を知ることができるのか?(磁力・電気・重力とは?)
・[国語科] [道徳] 誰が本当の友達なのか?
・[国語科] [道徳] 愛と犠牲の違いはなにか?境界線がもし存在するのだとしたらそれは誰がどこに引くのか?
・[算数/数学] 最良の数学的な解答が、問題に対する最善の解決策でないのはどのような場合か?
・[社会科] ローマ帝国はなぜ終わったのか?
・[社会科] 経済と社会はどのように結びているのか?
・[社会科][道徳] 公正さと正義とはなにか?
・[外国語] 文化は言葉の選択にどのように影響を与えるか?
・[外国語] 言語は私たちが文化を理解する際にどのように影響を与えるのか?
・[外国語] 私たち個人の経験や価値観が、他者理解にどのように影響を与えるだろうか?
・[家庭科] 料理する際に、レシピから離れるのが賢いのはいつか?
・[保健体育] [家庭科]ある人にとって健康的な食事が、別の人にとって不十分なのはなぜか?
・[保健体育] ダンスの動きによって、どのように感情を伝えることができるのか?
3. 実践する際の注意点
⑴ 探求させられるか
本質的な問い = 探求型の授業です
本質的な問いをしておきながら、授業がすべて講義で終わるということはありません。
なにかしら探求的な要素を含むことになります。
授業時数の兼ね合いもありますが、本質的な問いは、児童生徒にとって難しくなりすぎるかもしれません。
⑵ 評価をどうするか
児童生徒の「理解」をどう評価しますか
本質的な問いを取り入れると、探求ベースの授業になり、指導目標は「理解」になります。
「理解」には単一の答えは存在しないので、知識ベースのペーパーテストでは評価できません。
必然的にポートフォリオ評価やパフォーマンス評価が求められます。
⑶ 実技科目をどうするか
スキルと「理解」のバランスをどうするか
実技科目の主眼はあくまでもスキルです。「理解」したからと言って、できるようになるわけではありません。
本質的な問いは、どうすれば上手くできるようになるか探求させるには効果的ですが、本質的な問いでスキルが上達するわけではありません。
スキルの上達には練習やトレーニングが必要です。
サッカーを例に考えてみます。本質的な問いとしては、次のような問いが考えられます。
- オフェンス時に、もっとオープンスペースを作る上で最適な場所はどこか
- どうすればもっと試合で勝てるようになるか
これらの問いは、間違いなくサッカーをプレーする上で役立ちます。
しかし、ドリブルやシュートといったスキルが不要であることを意味しませんし、問いに答えるだけではスキルは上達しません。
4. よくある質問
⑴ 本質的ではない問いとは?
次のような問いは、授業をする上で重要な役割を果たしますが、本質的な問いではありません
- 答えを確認する発問
- 思考を導く発問
- 興味を引き出す発問
◉ 答えを確認する発問
次のように、単一の正しい答えがあるような問いは、本質的な問いには分類されません。
- 6x7は?
- 水銀の元素記号は?
◉ 思考を導く発問
児童生徒の思考を導く、次のような問いも、本質的な問いとは言えません。
- 答えが0より小さくなければならないのは、なぜですか?
- ニュートンの第二法則を、自分の言葉で説明してもらえますか?
◉興味を引き出す発問
授業の冒頭で使うような、興味を引き出す発問も、本質的な問いには分類されません。
- 陪審員制に、賛成ですか?
- 子どもが、集団でいると馬鹿げたことをするのはなぜですか?
これらの問いは、興味は引き出しても、探求中に児童生徒によって何度も問われることはないでしょう。
どちらかと言えば、児童生徒自身が、単に考えを述べて終わってしまうはずです。
⑵ 「本質的」とは?
「本質的」には、次の意味合いがあるとされています
- 「重要である(important)」「時間を超越する(timeless)」
- 「根本的な(elemental)」「基礎的な(foundational)」
- 個々人の理解に必要不可欠である(necessary for personal understanding)」
① 「重要である」「時間を超越する」
個々人の人生において、本質的な問いは、幾度となく立ち現れると述べられています。
例えば、次のような本質的問いが考えられると言います。
- 正義とはなにか?
- 芸術は、感覚なのか、理論なのか
- どの程度、私たちは自身の身体に、生物学的・科学的に手をつけていいのか
② 「根本的な」「基礎的な」
本質的な問いは、ある領域や分野において、重大な観念に焦点を当てます。
③ 個々人の理解に必要不可欠である
本質的な問いと「理解」を通して、個々の知識や情報が結びつき、意味をなしたり、別の場面で応用できるようになります。
⑶ 本質的な問いを取り入れた授業の流れは?
次の4つのフェーズをたどると、成功しやすいと言われています
- 本質的な問いを提示し、探求を引き起こす
- 問いに対する様々な反応を引き出す
- 調べたり講義を受けたりして、これまでとは違う視点から探求する
- 暫定的な結論にたどりつく
5. まとめ
本質的な問いを取り入れた授業を展開するなら、「逆向き設計」実践ガイドブック: 『理解をもたらすカリキュラム設計』を読む・活かす・共有するが参考になります。
日本でこの分野をリードしている京都大学の西岡加名恵先生らによる著書です。授業設計に役立つワークシートも掲載されています。